



水のリトリート
この水はいったいいつから流れてるのだろう
どこから来てどこへ行くのだろう
はじめて飲んだ時はいつだっただろう
それはどんな味がしただろう
集落をめぐる水を感じながら
自分の体内に流れる血液も
感じられるような、命の芽吹きを見つけられるようなリトリートを
目指しています

水のリトリートの由来
水のリトリートの舞台になる場所が、新潟県十日町市にある清津峡地区内の集落となります。
清津峡を生み出した清流・清津川が流れるこの集落では、昔から山の水を引いて飲用水として活用してきました。春は、畑と田んぼに水を引き、冬はため池に溜めて融雪に使用します。驚くほどに水を中心とした生活が営まれる小出集落の暮らしは、常に自然とともにあり、我々は水なしでは生きていけません。一年を通して、水の大切さを知ることのできる地域ともいえます。絶え間なく水が巡り続ける集落を舞台に行うリトリートなので、”水のリトリート”と名付けています。
概要
目的を持たずに過ごす時間
集落内を歩いたり、一人の時間を持ったり、川で遊んだり、山菜をとったり、瞑想をしたり、しなかったり、地域の方とおしゃべりしたり、雪国に伝わる手仕事をしたり、お茶飲みしたり。内容は季節によってできる遊びを取り入れつつ、季節の移り変わる時間を、そこの暮らしとともに他の参加者と一緒に感じるリトリートです。
※他の参加者の方と円になって集まったり、一対一の対話の時間も大切にしているため、お話を聞きあう場を長めに持つ可能性があります。
3つの柱
水のリトリートが大切にするもの。
1) 感じることと表現すること
忙しい社会生活でないがしろにされやすい「感じる」ということ、相手のために「伝える」ことではなく、自分の中から湧き出るものを(自分のために)「表現する」ということを参加者の皆様と一緒に体験すること、そしてその感覚を普段の生活に持ち帰っていただくことです。 それは人間が社会に順応する前に、人間が人間らしくいられることの方がまずは大切だと思うからです。
感じること:土を感じる、風を感じる、空気を感じる、水を感じるなど、五感に対応した感覚以外に、人から発せられる感情、雰囲気、自分の中にある気持ちなど、こころの動きに対する部分でも感じることを大事にします。
表現すること:はなし言葉で説明するという形に限らない表現手法を用いて伝えることを大切にします。説明できない感情や思考を絵や詩で表す・ただ、今ある感覚を音や身体の動きで表す。物語を作る・色で表す・形で表す・etc 表現方法はなんでもありです。
2) 他者と感性を磨き合うこと(対話の時間を持つこと)
他の参加者と一緒に場をつくる理由。人間は誰しも一人では生きていけません。他者と出会い、自分の住む生活圏外の世界と出会い、初めてそこに呼応するように自分の世界が広がり、それに感動します。そんな体験を通し、参加者一人一人が自分自身の感性を養える場に育ってほしいと思っています。
3) 大地や自然とともにある暮らし(地域文化)に身を置くこと
この雪国という土地で大地に根ざした暮らしと壮大な自然を共に体感しながら、五感をひらく時間を過ごします。そこにある文化・伝統・雪国の暮らしと人々と触れ合うことで普段の生活では得られない「何か」を得て、それぞれの日常に新たな視座がくわわると嬉しいです。
案内人チーム紹介

のぶ
十日町出身。海外留学とお仕事の経験を経て十日町にUターン。生涯を通して「誰もが自由に遊べるお家」を作りたくて十日町の清津峡付近にて、宿事業で起業。
築150年の古民家を3年かけて、地元大工さんの協力を得ながらほぼDIYで完成させた。「自分の中の遊び心を忘れずに」がモットー。現実社会で100%の実戦は難しいけど、自分自身が大事にしていることだけはおきざりにしないように暮らしている。水のリトリートを通じて、自分の魂が震えたり・喜んだりすることを参加者と一緒に模索したい。
リトリートって「人間から虫になる行為」に近いのかなと思っています。日々の「人間」目標や「人間」理由だらけの生活から少しだけ抜け出し、五感を使いながら、命として存在する試み。そんな時間を共に作れたらと思っています。

J (ジェイ)
はじめまして。新潟県清津峡の入り口で、地域の食や自然、そして人との関わりを大切にしながら、「塩之屋」「雪ふる宿」「雪ふる食堂」などを営んでいます、Jです。
日々、地域の恵みと対話しながら、少しずつ丁寧に「生きること」を見つめ直しています。リトリートでは、自然の中で心と身体を緩め、自分自身とのつながりを取り戻す時間をご一緒できたら嬉しいです。
当日は、出会った縁ある人全員と話しまくってもらいます。思わず隣の人と喋りたくなるそんな場づくりをリトリート案内人と共に作り上げていきます。
清津峡の川の流れを聞きながら、職場での役割、家族での役割、人間関係を一旦リセットしてもらいます。今ここにいる自分と向き合う時間です。
自然と対話に熱が入り、知らなかった自分と出会い、気づきを楽しんでみませんか?

おとい
今は出自のある津南に1年近く、都市圏に月2日くらい行き来しつつ、土地や生活にあれるように染み込み、遅いながら身を置き、少しのあれこれしています。
居る人。聴く/聴こうとする、場をひらく/ひらいておく、人や在るものといる。一人ひとりが、共に、「わたし」の世界を面白く。誰もが持つ「はたらき」によって、人がその人にとって必要な生きる要素の巡りの中にいて生きていける社会に。 円坐、影舞、未二観が生きること。それらを基底に、様々な人との1on1やリフレクティング、弱くある人との会話を、小さなチームへの研修の類を、対価は形や時間や方位を問わずで届けること。
遊びと学びの分かち合い。体力気力情報処理能力少なく薄く浅く生きてます。
映画『人生、ここにあり』『隣る人』『ロック、ストック&トゥースモーキングバレルズ』 心の中にはロックとパンクを 。